写真技術  記憶の光

 

写真技術 記憶の光

 

同じ教室で手代木先生から受講している頃から、このblogの講座をも熱心に受講して頂いてた山口龍夫さんから作品が届きました。

 

彼の解説はこうです。

 

「美しい睡蓮は仏教の教えで汚い水の中で育つと言いますが、

そのような環境でも凛としているのが好きです。それを表現出来れば嬉しいのですが、 やはり光がどれくらいであればいいのかが分かれ目かと思います。座田さんにスピリッツを吹き込んで頂ければと思います。」

 

 

僕は上記の写真を見てメールの文面を読み、正直驚きました。

 

何故なら、この写真自体は既に完成されていて手直しの必要がないのに、山口さんはまだ光にこだわっておられます。

つまり山口さんは眼前の光をみながら、別の光を感じている、しかも涅槃らしき気配に反応されている、

つまり明らかに意識がココロの中の光=記憶の光の境地にまで到達しているからです。

 

たった2ヶ月弱でこの境地には驚きです。

 

ココから先はココロの境地ですので、山口さんの性格や好みを探りながら早速レタッチしてみましょう。

 

 

 

 

 

背景をコピーしたレイヤーに フィルター〜ぼかし(ガウス)8.0pxかけ スクリーンにて背景に40%だけ のっけました。

 

つまり山口さんのココロの涅槃を 芯のあるソフトフォーカス画像に変換したわけです。

 

 

 

 

さきほどのままではメインの蓮が沈んでしまいますので、調整レイヤーレベル補正を 0.55 掛けたうえ レイヤーマスク上でグラデーションを円心上にかけることで周辺部を焼き込みます。

 

これで 画像は完成です。

 

 

山口さんは眼前の光に飽き足らず、ココロの光=記憶の光をも見ようとなされました。

 

通常のアマチュアでその領域に触れる方はごく僅かです。わずか二ヶ月で実は見えているのはココロの残像である、という境地に達したのは本当に驚きです。

 

これからも是非、そのココロの目で捉え、記憶の光を再現して頂きたいと思います。

 

決して現実を複写するだけが写真ではありません。素直なココロが捉えた光こそが 真実を写す=つまり写真なのです!

 

(今回は僕の解釈でしたがここからは本人の領域ですので、山口さん自身が新しいレタッチテクニックを開発する勢いで挑んで頂きたい!と切に願っております。正解などありませんので、見た事無い写真を是非見せて下さいね!)

 

 追記6/4 山口さんよりレタッチの感想頂きました。以下

「写真の解釈と言うのは個々人が勝手に行うものかも知れませんが、

睡蓮という花は泥水のように濁りがまとわり付く環境にあっても、自分自身を忘れずに凛と引き締まり生きて行く姿を現しているように感じて撮りました。 元画像では、花の自己主張が強すぎると思いましたが、座田さんのレタッチでは、自分を失わないことは大事だが、周囲との協調も大事だと、訴えているように感じました。
勝手な解釈かも知れませんが、座田さんのレタッチから感じた感想です。
すばらしいメッセージを吹き込んでいただき、ありがとうございました。」

深く読んでいただきありがとうございます。 
今の今は奈良でココロの深いところと向き合いながら古寺などの写真を撮られている日々、だとか。羨ましいかぎりですwww
(そういうアラウンド60に行きたいな〜爆)

 

 

次回シャドーハイライトの掛け方考え方を拙者作品「かみくら」より解説したいと思います。